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  • 執筆者の写真fasorka

カッチーニの(じゃない)アヴェ・マリア

更新日:2021年10月10日

先日「左手のピアニストのための世界初となるコンクール」を取材した番組で、とある男の子が「カッチーニのアヴェ・マリア」を弾いていて、高齢者施設での演奏風景なども含めてものすごく心を打たれました。歌は聴いたことがあったけど、ピアノ版も物凄く綺麗、私も弾いてみたい、とすぐに楽譜を取り寄せました。選んだのは、吉松隆さんの編曲した「アヴェ・マリア/子守唄」という楽譜で(注:両手用です)、吉松さんらしいシンプルで美しくピアノの音が生かされる編曲となっていました。音数はそこまで多くないのですが、音域が広くて加線も多いため、譜読みが苦手な人は大変かなと思うのと、美しく弾くのにはそれなりの技術が要りそうです。

左手のピアニストといえば、舘野泉さんが有名ですが、有能なピアニストの一定割合が発症する「局所性ジストニア」という病で右手が思うように動かせなくなってしまったり、または戦争で負傷した場合、上に書いた男の子のように右半身が麻痺しているといったことで、左手だけで演奏するピアニストの存在があります。ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」は第一次大戦で負傷したピアニストの依頼で書かれたものですし、意外と作品の数は多いらしい。幅広い音域を左手だけでカバーするため、なかなかダイナミック、両手で弾くのとはまた少し違った技術が必要そうです。ジストニアは脳の誤作動が原因とされ治療法が確立されていないため、夢をあきらめたピアニストも多いかもしれません。上記番組の終わりの方では「ソニーコンピュータサイエンス研究所」が協力してデータを取っている場面が流れていたので、もしかしたら治療法・予防法など今後わかってくるかもしれませんが、人生のほとんどの時間をピアノのために捧げてきた人たちがこのような病に見舞われるのは、本当にやりきれない思いです。パラアスリートと同じような、困難を乗り越え続けている人の強靭さを感じました。本人のみならず、一緒にいて励まし、協力し、時にはぶつかっても諦めずに力になろうとする家族や先生方の姿にも感動。


さて。「カッチーニのアヴェ・マリア」は、90年代にベラルーシ出身のカウンターテナー、スラヴァさんが歌って大ブレイクしましたが、とても美しい曲です。16世紀イタリアの作曲家カッチーニ作・・ではなく、1970年ごろロシアのヴァヴィロフという作曲家が作ったもなのだとか。この人ちょっと変わっていて、自分の作品を古典作曲家の作品として発表する趣味があったようです。なんだその趣味!ふつうに「ヴァヴィロフ作です」と発表するより古典作曲家の作品が「発掘された」「でてきた!」方がインパクトが強いからでしょうかね・・。本当に面白い人が世の中にはいるものです。もしかしてベートーヴェンのソナチネ作ったのもこの人だったりして・・ははは。


発音と同時に衰退してしまうピアノの音で歌の旋律を奏するのは、ある意味「そう聴こえるよう弾く」ということですから、かなり難しいですよね。ペダルの使用で全ての弦を解放し、打鍵していない音も鳴らしながら、消えゆく音を繋げて繋げて歌のように響かせるテクニック、一朝一夕には身につけられるものではありませんが、「こんなふうに鳴らしたい」というイメージを持ちながら、出す音に耳をすませ、打鍵には細心の注意を払いながら「そう聴こえるように」なるにはどう弾くか、毎日実験のくりかえしです。歌や管楽器も息をつなげないといけませんから大変ですが、ピアノでも集中しすぎると酸欠状態に陥ります。適度に休憩を取って、深く呼吸し筋肉をゆるめないといけませんね。弦楽器は、弓を往復し続けられてビブラートもあるからいいなぁ、なんて時々思ってしまいますけど、和音は大変そうだし、それぞれの難しさがある。


カッチーニのアヴェ・マリア、両手用でも左手の音域が幅広いので、ペダルを駆使しつつも、高音域の旋律を消さないように練習する必要があります。左手がうるさくならないようにしないといけないんですね。美しくもハードな謎多き作品、まだ弾いたことがないという方、次は何を弾こうか迷い中の方、選択肢の一つにいかがですか?






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