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執筆者の写真fasorka

長島大榎公園(世田谷区経堂)

更新日:2021年10月10日

我がファソラピアノ教室の近くに「長島大榎公園」という小さな公園があります。こどもたちは「ながしまこうえん」とか「ながしま」と呼んで親しんでおりますが、ピアノの生徒さんたちも、レッスン帰りにブランコしに行ったり、お母さんお父さんとの待ち合わせに利用されたりしています。


今の場所に家を建てるため、半年から一年かけてさまざまな土地を見てまわりました(ドラゴンクエストのように家族4人でぞろぞろと冒険の旅)。小中学校が近いこと、お店も駅も歩ける範囲にあること、に加えてこの「長島大榎公園」と、隣接する長島家敷地の大きな木々、公園の向かいにある「特別保護区」の緑、が大きな決め手となりました。


意外と蚊が多いので(特別保護区の池から発生しているのかな?)皮膚の弱い我らは気をつけないといけないのですが、去年の夏はコロナ禍の数少ない楽しみの一つとして、家族だけで花火をさせてもらいました。蚊のいない季節は、時々縄跳びやボール遊びなどさせてもらったりしています。未就園児〜中学生、はたまた工事関係者の大人の方々や、時には歌や楽器の練習をする人、謎の住人(!)が住み着くこともあったりして(笑)、規模が小さい割に多くの人から愛され、利用される公園となっています。保育園児の皆さんも先生方と遊びに来ているし、小学生にとっては、もしかしたら友達とくつろげる大きな屋外リビング的存在なのかもしれません(ゲーム機を持ち寄って集まり熱心に遊んでいるのを見かけます)。


そんなほっこりする長島大榎公園、この土地に住む「決め手」の一つとなった割にはあまり詳しく知らなかったのですが、いよいよ知ることに。次女が「地域のお気に入りの場所について調べる」という学校の課題でこの公園を選んだのです。ほほー。調べるとは言ってもどうやって?とりあえず、公園にある大きな石碑を調べてみるか、と出向いてみたもの、書かれていたのは昭和30年代の経堂地区区画整理事業について、でした。振り返ると2本の石柱や石仏・・うん、なんだろうねこれは。わからない・・というわけでネット検索。笑


公園の名前は、昭和37年ごろこの付近の地主であった長島氏(公園の土地の提供者でもある)のお名前と、ここに当時生えていた樹齢400年の大きな榎の木に由来するようです。


長島氏は付近一帯にいくつもの邸宅を構える地主さんのようで、うちの長女の友達もこの一族の一人(お名前は違うんだけどね)。土地の提供者の長島さんは、昭和20年代に世田谷区長を務めていたというからすごい。大榎のほうであるが、現在、この木はすでになく根元のみが残され、それは樹脂製のレプリカとなっていて、まるで大きなちゃぶ台??みたいに利用されている。昭和44年の台風によって真ん中から裂けて枯れてしまったのだそうだ。それにしても周囲8〜10メートルはあったと思われる400年も生きた大きな木がここにあった証が残されているのは素敵なことだね。


石柱と石仏に関しては、あんまりこことの関係はないみたい。現在の東京農大の前あたりに、昔、川があって橋がかかっていた。安全祈願や道標としてこの二つは置かれていたものらしい。少し離れたこの公園に納められたということか。そんな懐の広さもまたイイね!


この公園には桜の大木もあるから春はそれも楽しみ。初夏から夏は通りかかるととても涼しいし、目にも鮮やかな緑には癒される。向かいの「経堂5丁目特別保護区」には紅葉の木がはえているから秋もきれいなんですね。


ご興味を持たれましたら、地図アプリで調べて行ってみてください!!(当教室も近くですよ〜^^)


ではまた!


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